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専門学校を卒業して新卒入社して早8年…。
2.3年目の病み時期や異動時のゴタゴタなどを今回お話していこうと思います。
新卒入社からずっと一社で働いていますが
本当にイロイロありました(笑)
医療事務養成専門学校卒

医療事務養成の専門学校2年次に就職活動が始まりました。
もちろん、病院やクリニックの第一の顔として接遇マナーは特に叩き込まれましたが
それ以外では主に「資格!資格!資格!」というようなカリキュラムで
「多く資格を持っている事が職場へのアピールポイント」としていたように思います。
特に医療事務の肝である「診療報酬請求事務」や「医事コンピュータ」の資格も
難なく合格できていました。
なのでぶっちゃけ「これだけ資格を持っていれば現場でも通用するだろう」という
謎の自信も私にはあったのです。

のちにこの自信は粉々に打ち砕かれます
実際私は同期の中でも比較的早く現在の職場から内定を貰い
「早期研修」という名目で入社する前年からバイトで働いていました。
地元の民間病院に就職

現在も働いていますが、入社した当初は建物の建て替えで新棟オープンの日に入社しました。
ここで専門で培ってきた座学はいとも容易く粉々に吹き飛ばされます。
なぜなら専門の座学は本当の基本の基。社会保険の種類のみを教えていたのです。
病院では自賠・労災・第三者行為・自費診療など…
専門を出たばかりの私には思わず目が点になる事ばかりでした。

「犬に噛まれた」は「第三者行為」!?健康保険使えない!?
一旦自費で立替払!?いったいどういう事‥?
おまけに自治体ごとの助成制度(所謂〇福)の事もまったく知らなかった私。
最初は医事コンピュータに登録されている保険情報と保険証のコピー類と照らし合わせる際に
保険の種類を必死に覚えなおしました。

専門の先生曰く「教えても絶対に理解できない。
実務で実際にやらないと混乱するだけ」とスパルタ方式で‥。
本当にやりながらでなければ理解できませんでした
保険ひとつとっても医療事務の奥深さを垣間見た気がしました。

制度が複雑すぎるのですよ‥‥‥
医事課時代
総合受付にて保険の基本や病院の基本を叩き込まれた私は
いよいよ外来の受付に配属されます。
さぁて……
地獄のはじまりはじまり‥‥。
地獄の2.3年目

初めての外来は耳鼻科と小児科の受付です。
ここで学んだことは以下のことです。
- いかなる医療的判断は、医師の判断の下でなければならない(⇦医療法に触れる為)
- 子どもの予防接種の多さと、スケジュール管理の複雑さ。
- 診療報酬請求(レセプト)だけでなく、様々な事務手続きと行政機関(障害福祉課、健康推進課等)とのやりとり。
- カルテを見るだけではなく、そこから診療内容を読み取り、算定できる報酬とを紐づける(頭の中で)。
→なので医療事務であっても必然的に医療知識が必要。 - 看護師などの他職種との連携。
特に予防接種はおそろしく難しく‥。
今思えばその部署にいるお局からパワハラを日常的にされて、正常な判断ができない状態に陥っていました。
「医療的判断」の部分は医療従事者なら「当たり前」と思われることがあると思いますが
実際の場面になると境界線がわからなくなる事があったのです。
特に慣れ始めた2年目は(⇐私)
予防接種はその量の多さに唖然しました。
子育て経験のある方ならご存じかと思いますが幼少期の予防接種の量が半端ないっ!
まず種類を覚えるのに必死で。しかも種類ごとに接種間隔や対象年齢に違いがあります。
覚えても、私が経験していた時期は三種混合ワクチンとポリオが4種混合になったり
水痘やB型肝炎が定期接種になったり。
最近では新型コロナワクチンが追加されましたね。
年を経るごとに改定されるので知識を更新するのに必死でした。
指導役の人は「一度教えたら二度目はない」という指導方法で。
初見で完璧にメモを取っておかないと二度と教えてもらえません。

人間、それで覚えられるなんてできません
元々私の何かが気に入らなかったのか。そもそも完全に下に見られたのか(下なのは下ですけども)。
当時の担当看護師や先輩事務員にめちゃめちゃやられました。

結果は同じでも過程でそのやり方でたどらないと気が済まない感じでした。
しかも毎回言っていることが変わるので、まともに相手をしていたら持ちません。
その他にもいろいろありまして。
当然ながら体調にも変調をきたします。
- 常に腹痛を伴う下痢
- 仕事始めに次の休みが待ち遠しい
- 相手の言っていることが理解できなくなる
- 自分のやっている事がわからなくなる
- 何から解決していけばいいかわからなくなる

‥‥‥いま思えば本当によくやっていたなと思います
当時、その看護師のノウハウや手技には目を見張るものがありました。
今でも看護師としての技術面や判断力は確かなものを持っていらしたとは思いますが
関わってはいけない部類の方だったのは周知の事実だったのです。
起死回生のリハビリ受付

当時直属の上司が異動で変わりまして。
問題視されていたこの受付をどうするかを着手されました。
私自身も異動を切望していましたのでリハビリ受付に配属。
上司より
「ここで頑張れ。ここで頑張らんかったら自分は本当に這い上がれなくなる」
と言われ、身が引き締まる思いがしたのを覚えています。
ここでは当時あまり交流の無かったリハビリ職の方と仕事を行い
医事課とリハビリのパイプ役を担っていました。
小児科時代に受診に来ていたママさん職員へお子さんの話から取っ掛かりをつかみ
リハビリ職の方々と打ち解けつつも院内収益の要の一つであるリハビリ事務を務めました。
ここでは
- 外来だけではなく入院も関わるようになる
- 紙カルテから電子カルテに移行
- 回復期リハビリテーション病棟関連の統計業務
等々行いました。
この頃には小児科時代の暗がりはなく、各方面ともうまくいっていました。
体調不良にも特に悩まされる事が無く、結構自由に仕事をやらせてもらえました。
悪魔の異動

そんなある日、突如異動が決まります。
人手不足にあえいでいた総務課を助けてほしいと
当時の上司のさらに上、部長クラスからのいきなりの打診…いやもう確定事項でした。

拒否などできるはずもありません
ですが
私の後任がまったく決まらず。
医事課とリハビリで膠着状態に陥り悪魔の異動期間が始まります。
端的に説明すると所属長同士がまったく話そうとせず、業務の押し付け合いをしていたのです。
あの手この手でなんとか話し合いの場を持たせるも決まらず。
最終的にマニュアルを作成し、異動当日に机の上に置き去りました。
その後もイロイロ巻き込まれていましたが何とか納まる所に納まってくれた感じです。
総務課~現在
現在は総務課にて、主に職員の労務管理や給与計算を行っています。
今までは患者さんに接する立場でしたが今度は主に職員に接する立場になりました。
当然、院内の一大勢力?の看護部にも連携を取りながら仕事を進めています。
所定労働時間、割増の時間、法定時間外、有給残日数、公休の設定…eat…
異動した当初はまた一から覚える事が多く大変でした。
知らなかった労務や給与計算の内容に携わるようになり
労働者側から見たいわゆる「知っているだけで得する知識」知るようになりました。
税金の内容、社会保険の手当、扶養の範囲eat…。
この業務に携わる事によって間接的にリベ大にて知識を得ようとする切っ掛けにもなりました。
現在改めて感じている事

コロナ禍に陥り約1年が経ちました。
現在はぶっちゃけ転職を考えています。
- 給与の手取りが年々減り続けている
- 元々休日が少ない(昨年は92日/年)
- 退職が相次ぎ急な異動や人事の意図が共感できない
- コロナ禍で経営陣の本性が見える
- 朝礼にて「使えなかったら切る」発言
という事が主な理由です。
いろいろあった職場なのですが
様々な経験をさせてもらった事は現在の自分を形作る礎になりました。
特に医事課から総務課への畑違いの異動は良い経験になりました。
とはいえこのコロナ禍で様々な弊害が…。
今後は転職情報を集めながら年収アップの転職を目標に行動していきたいと思っています。
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